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銀行員のセカンドキャリアについて

2017.07.23

私が銀行を辞めた経緯

私は、2004年2月、46歳で、銀行を辞め、銀行から紹介された実家近くにあるメーカー子会社に転職しました。

その1年以上前の2002年の9月、私は、遅い夏休みを取って帰省した時です。実家に帰って久しぶりには母の顔を見て驚きました。ひどいやつれ様なのです。周りでいつも顔を合わせている家族は、その変化がわからないようでしたが、盆と正月ぐらいしか実家に戻らない私にとっては、びっくりです。すぐにかかりつけ医に改めて診てもらい、総合病院に検査入院することとなりました。結果は、肝細胞癌で、大分進行している状況でした。それから、週末は、実家に戻る生活が始まりました。インターネットで朝鮮人参やサメのエキス、海藻のフコダインなど、そのころ、癌に効くと言われていたものは何でも買って、飲んでもらいました。

そうこうしていると銀行で、1年間の職業訓練を受けた上で一般企業に転職する制度がスタートするとの通達が出たのです。私は、早速、IPOコース、CFOコース、年金コースの中から、IPOコースに応募しました。1年の訓練期間後に実家近辺の企業への転職を目指していましたが、転職まで母の命が続くとは思えませんでした。それでも、銀行業務に就いているより自由度は高い研修生活を選びました。2003年1月から、私はIPOコース受講生。4月には、妻と子供たちは、先行して実家へ転居しました。

そんな私のキャリア変更を見届けると、母は、その年の5月に亡くなりました。そしてその翌年2004年の2月、私は、奇遇にも、父が働いていたメーカー(すでに退職済み)の子会社に企画管理部長として入社しました。親会社から転じてきた年配者には、私の父を知る方もいて、入社当時の社長からは、「縁だな。」と言われました。私も、「母に呼び戻され、父に守られてセカンドキャリアをスタートした」と感じていました。

銀行リストラ時代 再到来

私がメーカーに転じた前後の数年は、銀行もリストラのピークを迎えていました。そしてその後、銀行業績は改善していったようです。

そして今、巷には、「銀行リストラ」的な出版物がたくさん出て来ています。低金利下で、銀行の収益環境は悪化している。前回と異なるのは、前回は、経済全体が低迷し、銀行の貸出資産も相当傷んでいましたが、今回は、金融業界のみの要因ということになるでしょうか。業務戦略の見直し、人材の効率的配置など、金融界で働く方々の職務環境は、大きく変動し始めているのではないでしょうか。将来のセカンドキャリアについても真剣に考えていることでしょう。そう、後悔しないために是非じっくり考えてほしいと思います。選択肢は1つではありません。ただ飛び出せばいいというわけでもない。但し、今の職務にしがみつくのでも難しいことでしょう。いろいろな人にアドバイスをもらうようにしてほしいと思います。

私も熟慮したつもりでしたが、後悔の念がないと言えば嘘になります。都内の大型店舗の副支店長でしたので、父は、退職を非常に残念がりました。結局は、その後のセカンドキャリアの中で、満足できる結果を出していくしかないのと思います。そのためにも、キャリアコンサルタントも利用してほしいと思います。銀行に限らず、大企業からの転職者には、マインドのリセットが不可欠です。上から目線で働く新参者を温かく迎える企業などあるわけがありません。人材紹介会社では、職紹介中心で十分でないと感じたなら、カウンセリング主体の機関も利用した方がいいかもしれません。今働いている企業に押し出されるように出て行くのではなしに、納得して踏み出してほしいのです。私も、そんな皆さんの力になりたいと思います。

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